SRT
次世代映像伝送プロトコル「SRT」とは何か

新たな映像伝送プロトコルとして欧米を中心に広がりを見せている次世代規格・SRT(Secure Reliable Transport)。リアルタイム性を保持しつつ高い映像品質を守るという高い機能性から、放送を含む映像配信系サービスにおいて多くの期待が寄せられている。先の「Inter BEE 2018」でも注目を集めた。SRTの技術、特長、国際動向、そして今後の可能性をレポートする。
(取材:渡辺 元・月刊ニューメディア編集長、取材・文:高瀬徹朗・ITジャーナリスト)
TCPとUDPの利点を「イイトコどり」
SRTの基本的な特性は、そのまま名称に示されている。
映像ストリームを暗号化することで保たれる安全性(Secure)、パケットロス再生機能による伝送の確実性(Reliable)、そしてクラウドやIPTV、企業間通信や外部モニタへの出力などさまざまな機器間のネットワーク接続(Transport)。そして、これら特性が有機的に連携することで、映像伝送に最適な次世代プロトコルとしての機能を発揮する。
一般的な映像伝送技術と比較すると、その高い技術力が理解しやすい。
MPEG-DASHやRTMPなどの映像ストリーミング系で使用される技術は、優れた品質を保持できる反面、5秒から30秒程度の遅延が発生するなどリアルタイム性能に難がある。
一方、放送ライブ中継などに用いられるUDP、RTPはリアルタイム性に優れた性能を持つものの、送信側がハンドリングする構成からパケットロスやジッターに弱く、受信側の状況をコントロールすることができない。
SRTは言わば、両者の「優れた特性」を併せ持つ技術だ。ライブ中継を意識したリアルタイム性を追求しつつ、パケットロスやジッターなどに伴う品質劣化に的確に対応する。
つまり映像ストリーミング、放送ライブ中継のいずれにも最適な、次世代型の映像伝送プロトコルといえる。
伝送デモで比較すると明白なSRTの低遅延・高映像品質
従来の方式とSRTで映像を伝送して比較するデモを行うと、SRTの優れた特性が一目で理解できる(写真1)。

4分割した画面に映し出されているのは、カメラからの直接信号(左下)、UDPで伝送した信号(左上、H.264で圧縮)、SRTで伝送した2種類の信号(右上はH.264、右下はHEVCで圧縮)。直接信号を除く3つの映像には、すべて2%のパケットロスが付加されている。
この静止画で見てもわかるとおり、直接信号と比較した遅延は3画面ともほとんどない(およそ200~300msec)。しかし、UDPについては明らかにパケットロスの影響を受けて映像が大きく乱れていることがはっきりと確認できる。それに対してSRTで伝送した映像は、直接信号の映像と同じ映像品質を維持している。
「非圧縮映像ではここまで差は出ませんが、H.264やHEVCなどの圧縮をかけた場合、わずか数%のパケットロスでも映像品質に大きな差が生まれます。受信側でハンドリングするRTMPなどの場合は再送要求が行われるため品質は保たれますが、そのトレードオフとして数10秒単位での遅延が発生します。また、10~20%程度のパケットロスが発生した場合は、受信側が受け取ることができず映像そのものが停止してしまいます」(株式会社PALTEK エンジニアリングディビジョン TS FAE 部長・井坂一喜氏)
静止画でも伝わる、明らかな「性能」。日本国内でSRT対応製品の開発・販売している株式会社エクスプローラ(PALTEKのグループ会社)が、開発したSRT搭載4K対応H.265/HEVCコーデックシステムのデモをInter BEE 2018で同じ動画を使って実施したところ、動画を見た来場者から高い評価を受けたようだ。
高い安全性・確実性・接続性を可能にするSRTの技術
それでは、SRTの詳細な特長を見ていこう。
SRTは映像、音声、メタデータなどをすべてP2Pで送ることが可能なストリーミング転送技術であり、低遅延ストリーミングと優れたエラーリカバリ能力、高いセキュリティと機器間ネットワーク接続能力を持つ。
放送分野での応用として考えられるのは、例えば衛星通信からの置き換えだ。中継先や出先のスタジオで撮影した映像・音声をIPネットワーク経由で本社や制作サイドへ送る仕組みを、すべてSRTでまかなうことができる(図1)。

SRTは全ての機器接続へ搭載可能
・エンコーダ
・デコーダ
・プレーヤ、モバイルアプリ、STBゲートウェイ
・トランスコーダ
・レコーダ
・マルチサイトビデオプラットフォーム
またライブイベントの配信では、会場の映像をクラウド経由で本社、大型ディスプレイなどを配置した野外のPV会場、さらには個人のスマホ・タブレット端末などにも配信可能(図2)。1つのイベントでマルチなリアルタイム配信サービスを展開することができる。

その優れた機能の中でもとりわけ優秀なのが、前段から登場している「パケットロスリカバリ機能」だ。送信側から送られてきたデータの中でロスした部分を検知し、受信側から再送要求することで元データを復元する(図3)。

一定のフレームレートで送る際でも、帯域上限やジッター遅延、パケットロスによって受信側のビットレートやフレームレートは不安定となる。SRTでは、送・受信にそれぞれバッファを設けて映像の欠落や化けを防ぎ、不安定なビットレートやネットワークへのアクセス集中が起こった際でも一定値を保つことができる(図4)。

送り手・受け手のどちらかが未知のファイアウォールを採用している場合でも対応できる「ファイアウォールトラバーサル機能」も有効だ。海外から送る場合など、独自のファイアウォールを採用しているケースが少なくないが、受け手側が既知のファイアウォールであれば問題なくやりとりすることができる。
セキュリティについては、SRT自体がデータスクランブルの一種になっているほか、DDoS攻撃防御、またAESの暗号化にも対応するなど、映画配信などのコンテンツ保護の観点からも高いセキュリティ性能を誇る。
セキュリティや安定運用にも活かせる機能として評価されているのが、統計情報の取得機能だ。送・受信のビットレートやIPネットワークの使用可能帯域、送・受信のパケット数や再送したパケット数など、さまざまなデータの統計情報を取得し、グラフで可視化できる(図5)。

-
現在の送信・受信ビットレート
- 使用可能帯域
- 送信・受信パケット数
- 再送パケット数
- ACK/NAKパケット数
- パケットロス数
- 転送中パケット数
- 往復遅延時間RTT (Re-Transmit Time)
- パケット送信期間
- 送信・受信バッファサイズ
不安定なモバイル回線を使用する上でもより安定した映像伝送を実現するために、統計情報取得機能を用いてエンコーダからの出力を動的に変化させる「Network Adaptive Encoding」は、映像の停止が許されない放送事業において極めて有効な機能として期待できる。また、伝送路を複数確保して冗長化し、デコーダ機側で回線品質の低下を自動認識して接続を切り替える「伝送路リカバリシステム」も、次のバージョンで追加が見込まれる機能だ。デコーダ側はフレームナンバーを見て切り替えるため、瞬断のないスムーズな切り替えが可能だ。
「リアルタイム性と画質、安定性という本来はトレードオフの関係にあるものをすべて高いレベルで提供できます。ファイアウォール対策など、利用現場のニーズに即した実践的な機能も持ち、セキュリティも万全。統計情報のログを残すことによって、トラブル回避・対策という意味でも優れた面を持ちます」(井坂氏)
拡大するSRTアライアンス 世界の主要企業で採用が進む
2014年、配信事業を含む各種ネットワークサービスを手掛けるカナダのHaivision社から初期バージョンが発表されたSRTは、2017年のオープンソース化に伴い、さまざまな機器への対応が進んだ(現在はVer.1.3)。
SRTアライアンス(https://www.srtalliance.org/)には現在170社以上が参加し、そのうち60社以上が 「SRT Ready」、つまり動作できる製品を開発している。
アライアンスのメンバーには、発起社であるHaivision社の競合社でもあるエンコーダ、デコーダのメーカー各社も含まれており、相互接続性という面でもSRTの広がりを支えている状態だ。またCDN、クラウド事業者など、SRT活用の幅を広げることが期待される事業者も複数参加している。
中でも注目されるのは、このほどアライアンスへの参加を表明したMicrosoftだ。すでに「Microsoft Stream & Office 365」および「Microsoft Azure & Azure Media Service」へのSRT採用を発表。さらなる広がりに大きな波及効果が見込まれている。
「TCPベースのRTMPに比べて、リライアブルUDPの技術をベースにしたSRTは低遅延で信頼性も高い技術です。私たちはSRTがおそらく今後の業界標準になるだろうと考えています。SRTはライブストリームをオンプレミスからクラウドにアップロードするための信頼性の高い技術というだけでなく、すでに海外の放送局で事例があるようにメディアワークフローの中でのさまざまなソリューション間を連携するハブになるプロトコルとしても活用されています。それだけでなく、海外の放送局と日本の放送局間など国をまたいだコンテンツ伝送にも、SRTが今後活用されることも期待しております。私たちは、今後のさらなるコンテンツ流通の加速において、SRT技術を活用したビジネスの発展に非常に期待をしています。また、Azureの全世界にあるスケーラブルなプラットフォームやグローバルネットワークを活用し、Haivision社やその他の海外パートナー会社およびEVC社などの国内パートナー会社と連携しながら、SRT技術を活用したビジネスを加速していきます」(福島茂之氏 - Global Cloud Media Sales Asia, Microsoft Corporation)

現在のところアライアンスメンバーは欧州中心で、まだ日本からはPALTEKのほかグループ会社のエクスプローラ、Jストリームなど数社の参加に留まっているが、 AbemaTVの運営でも知られるサイバーエージェントが積極的に活用するなど、確かな広がりを見せている。
「サイバーエージェントのライブ動画配信サービスFRESH LIVEは、当初はRTMP、HLSといったオーソドックスなストリーミングプロトコルを使っていました。高画質な配信は可能でしたが、特にiOSでも配信できるアプリケーションをリリースしたところ、不安定なネットワークでの配信が多くなり、遅延を抑えることが難しくなってきました。そこで2018年10月、iOSを使った配信にRTMPに代わる技術としてSRTを導入しました。これによって野外からの配信がとても安定しています。映像が乱れた場合も、SRTはパケットロス率やRTTなど詳しい統計情報を見られるため、配信の問題点を推測できます。最新のHEVC 、Opusを使えるようになったのも利点です。また海外からの配信も、SRTを使うことによりシンプルなサーバー構成で安定した配信ができます」(株式会社サイバーエージェント Software Engineer 松澤友弘氏)
「SRTはIBCやNABなど、海外の大型展示会で大きな話題と注目を集めてきました(写真2)が、今回、日本のInter BEE 2018で多くの方から関心を寄せていただいたことは(写真3)、今後の普及に大きな弾みになると考えています」(井坂氏)
オープンソースとして発展を続けるSRTには、技術面・機能面でもさらなる上積みが見込まれている。
Inter BEE 2018に合わせて来日したHaivision社のPeter Maag氏は、SRTを「一般的なプロトコルとして普及させたい」と意気込みを見せた。
「オープンソース化から1年と少しでこれだけの参加企業に恵まれ、競合社も含めて『活用していく』という目標に向かって動き出しています。Microsoftの参加は大きなチャンスであり、SRTのネームブランドも大きく向上しました。こうしたチャンスを捉え、さらなる発展に続けたいと考えています」
Inter BEEで着実な足跡を残したSRT。日本で、そして世界でのさらなる普及に向けた動きが加速している。

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